カテゴリ:サ行( 17 )

 

シャンプー台の向こうに ☆

まー、観なくていい作品の一つですね。昔離ればなれになった床屋の家族が、ヘアカットコンテストを機に一致団結するって話だけど、母親がレズだったり、ガンだったり、だから何? 何がいいたいの?って感じ。ヘアメイクの世界ってこんなにゲイばっかりなのかな? 意外性のかけらもないご都合主義な設定に疑問。
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by kanai_77 | 2006-09-28 22:42 | サ行  

シンデレラマン ★★

私は、ボクシング含め「格闘技」が嫌いだ。柔道や剣道には「一本」とったら勝ちというルールがあり、相撲にも「土がついたら負け」というルールがあるが、「格闘技」の勝敗はカウント、つまり相手が立ち上がれなくなるほど痛めつけなければ、勝負がつかない。つまりエンターテイメントの度を超していると思うのだ。相手の人間を破壊し、ときには死に至らしめる事さえあるにもかかわらず、命をかけて戦い、客たちはそれを観て歓声を上げる。その神経が理解できない。そういいながらも、本作にはいいところもけっこうあった。妻のメイが、金だけが目当てで夫を勝負にけしかけていると思っていたマネージャーの家にいってみると、家具がすべて売られていたというエピソードや、不況で仕事とともに自信を失いナヨっとなっていた男たちが、ジムの試合に夢中になりなけなしの金をかけるシークエンスなど。荒んだ世の中でも父親としての役目を果たそうとする姿は、どこかライフイズビューティフルっぽい。そこは敢えて「たいして可愛くない子役」を使って欲しかった。どこまでが実話に即したエピソードなのかは知らないが、貧しい食生活で、ロクなトレーニングもしていなかったジムが、家族を守るという精神力だけでチャンピオンにまでなってしまうとは、まさにシンデレラストーリーである。

余談だが、パンチを食らわした瞬間に腕を骨折するシーンで、レントゲン映像のように骨が透けて見えるという演出には、「タイムボカンシリーズかよッ」と思わず突っ込んでしまいました。

ストーリー
ジム・ブラドック(ラッセル・クロウ)の人生は、希望に満ちていたはずだった。前途有望なボクサーとして、タイトル奪取は時間の問題。美しい妻メイ(レネー・ゼルウィガー)と、天使のような3人の子供に恵まれ、家には笑い声が絶えることがなかった。だが、1929年、右手の故障がきっかけで勝利に見放されたジムは引退を余儀なくされる。時を同じくして“大恐慌”がアメリカの経済を壊滅状態にし、人々の生活は困窮した。国中に溢れかえる失業者の一人となったジムは、過酷な肉体労働でわずかな日銭を稼ぐが、そんな仕事にすらありつけない日の方が多かった。
出口の見えない不況の中で、男たちはプライドを失い、自分自身を失っていったが、ジムは諦めなかった。子供を預けようという妻メイの苦渋の決断にも耳を貸さず、彼は家族が一緒にいることに固執する。全てを失った今、家族だけが彼の全て、彼が生きるただひとつの理由だったからだ。人生の転機は、古くからの友人によってもたらされた。ボクサー時代のマネージャーだったジョー・グールドが、新進ボクサーとの試合の話を持ちかけてきたのだ。勝ち目などない、一夜限りのカムバック。だが、その報酬は今のブラドック家にとって大きな救いだった。夫の身を案じる妻をふりきり、ジムは再びリングに立つ。そしてそれは、アメリカ中を希望で包み込む“奇跡”の序章となるのだった。
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by kanai_77 | 2006-08-31 17:40 | サ行  

ソウ2 Saw2 ★★☆

2作目というのは、得てして失敗作であることが多いが、この作品は、1作目にけして劣らない面白い作品になっている。「人は死ぬ気にならないと事を起こせない」、あるいは「死ぬと分かっていても、その前にある“痛み”に躊躇してしまう」、そんなことを痛感させてくれるところが、この映画のテーマであり、最大の面白さであるが、それを強調する演出として2作品に共通する点は、映画の最後で価値観(キャスティング)の逆転がある点だ。刑事や医師、あるいは被害者が「善人」だという先入観は、みごとに崩され、「世の中、誰が善人(加害者)で、誰が悪人(被害者)なのか」がわからなくなる。DVDには監督や俳優たちが映画を観ながら雑談するというサービス映像が入っていたが、「CG」ではなく「創意工夫」でいくつもの苦難を乗り切っている点も賞賛に値する。低予算でも「創意工夫」や「演出」で、いい映画は作れるのだ。話の終わりには新たな犯人像が明らかになるが、末期がんに冒された犯人が3作目、4作目と活躍し続けるのは無理があるだろう、という判断もあったのかもしれない。3作目にも期待したい。
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by kanai_77 | 2006-06-02 12:23 | サ行  

シカゴ ★★★☆

本作がアカデミー賞を受賞してから数年経ってから観ましたが、やはり、作品賞受賞作だけのことはありますね。非常に楽しめました。騙し合い、出し抜き合いといったストーリーが、ショーのエンターテイメント性とあいまってテンポよく展開し、思わず引き込まれていく。その感覚はまるで“誤って劇場の舞台裏に飛び込んでしまった”かのよう。人を浮き立たせる様々なもの、ゲーム、興奮、熱狂のようなものが全編を通して「テーマ」となって溢れているためか、ライブでショーを観たときのようなエキサイティングな体験ができる映画。
それにしても、レニーゼルウィガーは改めて素晴らしい女優だ。たった半年であんなに体重を落とせるだけでもプロだけど!存在感のある女優ですね。

  
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by kanai_77 | 2006-04-23 00:30 | サ行  

七人の侍 ★★★★★

この映画のすばらしさについては、私がいまさらいうまでもないだろう。
会社の宴会の席で、映画なんてみそうにない50代の上司に、「今まで見た映画で一番よかったのは何ですか?」と尋ねたとき、このタイトルが即座にかえってきた。当時私は、黒沢映画を1本も見ていなかったのだが、「そんなにおもしろいのか。なら一度みてみたいもんだなあ」と思った記憶がある。そのすぐあと、ちょうど機会があって、池袋の文芸座で観ることになったのだが、途中で休憩が挟まる長い映画というのも本作品がはじめてだったが、あの文芸座の椅子であってもお尻の痛さなど忘れて最後まで見入ったことを覚えている。それまで、黒沢作品というのは、コアな映画ファンのものだと勘違いしていた私は、目を見張アクションも見事なエンターテイメントでありながら、人間の悲しさやずるさを描き出し、映画としての美しさ、世界観を持つこの作品を、今まで観なかったことを後悔した。その後の私の映画観を、根本から変えた作品といっていい。たくさんの黒沢作品を観た今も、本作品は私にとって「天国と地獄」と並ぶNO.1映画である。
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by kanai_77 | 2006-01-29 19:21 | サ行  

十二人の怒れる男 ★★★★★

17歳の少年が父親の殺人容疑で起訴され、そこに集まった12名の陪審員たちがその事件の評決を巡って議論を交わす。密室で展開する12人の男たちの心理描写がすばらしく、それぞれのキャラクターが絶妙に描き分けられている。陪審員室の部屋の暑さというか湿度と言うか、その息苦しい雰囲気が直に伝わってくるようだった。

いうまでもなく、三谷幸喜氏の「十二人の優しい日本人」は、この映画のパロディーであるが、パロディーの域を超え、とても楽しめる作品となっている。どちらかを見たら、もう一方も見ることをオススメする。
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by kanai_77 | 2006-01-29 18:24 | サ行  

卒業の朝 ★★★

歴史教師のハンダートは、最初の授業で「いかに権力を握ろうとも、社会に“貢献”していない人物は、歴史に名を刻めない。あわれな末路を辿るだろう」と生徒たちに諭す。
そう。ハンダートは、何十年間もの間、歴史に名を刻んだ人間たちを賞賛し尊敬し、彼らに多くを学ぶべきだと、教えを説いていたのだ。
ところが、自分の教えに背き、不正を繰り返し、コネや財力だけで大企業のトップに上り詰めたベルに呼び出され、再び裏切られる。ベルはこれからも、同じような生き方をし、やがては市議会議員となり、ともすると歴史に名を刻むかもしれない。よりによって、ハンダートはそのベルから、「自らこそが、ただの教師であり、歴史に名を刻むことなく老いていくしかない人間」であると気づかされるのだ。
教師と教え子、名もなき自分と名高いベル、歴史に埋もれた陰の偉人たちと歴史に名を残す偉人、この何十もの意味を持った二人の人間の対峙、それぞれの心に潜む感情の“なんともいえない複雑さ”が、この映画の最大の持ち味であり、最も深く感銘するところであった。

ストーリー:
1976年アメリカの名門校・聖ベネディクト学校で、古代ギリシャ・ローマ史を教えるハンダートの受け持つクラスに、ベルが転校してくる。上院議員である父親への反発から問題行動を繰り返すベルに、ハンダートは、学校の伝統行事である「ジュリアス・シーザー・コンテスト」という課題を与え、教師としてはあるまじき「ひいき」までして、ベルを導こうとする。が、その期待はあっさりと裏切られる。25年後、父親のコネで、アメリカ有数の大企業のトップとなったベルは、ハンダートとかつてのクラスメイトたちを招待し「ジュリアス・シーザー・コンテスト」を再現しようとするが、またしても不正を行うベルに、ハンダートは再び人生を諭しながらも、教師として自信を失いかけ、さらには校長という役職を剥奪され、処世術に長けたものが成り上がり権力を握る世界に失望するのだが、そんな世の中であっても、自らの教えにもとづき努力した人間たちが立派に成長し、幸せになっていることに気づいた半ダートは自信を取り戻し、教職に復帰する。そして、愚直な名もない英雄が、歴史にうもれているかもしれないことに、想いを巡らしながらも、再び歴史の教えを説き始めるのだった。
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by kanai_77 | 2006-01-22 14:33 | サ行  

サイドウェイ ☆

日本もこの映画が公開されたころ、空前のワインブームで、ソムリエだの、ワイナリーをめぐる旅だのが取りだたされたけれど、ワインどころかお酒がまったく飲めず、“酔っぱらい”が大っ嫌いな私には、産地がどこで、いつ収穫されたブドウか、どんな料理に合うか、なんてことに、興味を持てるはずもなく、飲酒運転&脇見運転で始まる導入部分からして、かなり引いてしまった。それでも賞をとっている作品だといいところを探して最後まで観てみたが、別れた女に酔っぱらって電話をかけてみたり、結婚直前の男が旅先で女と寝まくったり、「ぐうたらな人間の勝手で最低な行為」が続くこの作品には、「ブリジットジョーンズの日記」を見たときにも感じた、イライラ感ばかりが募った。
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by kanai_77 | 2006-01-22 13:39 | サ行  

スクール・オブ・ロック ★★

「天使にラブソングを」をロックに置き換えただけ、という感じだけど、深いテーマはないけれど、お気楽コメディーとしては、発想とテーマをちゃんと形にして楽しめる作品には作ってあるし、一箇所、気にいったところがあったので平均点の★2つ。「曲を作ったら言えよ。仲間が作った曲をみんなでやる、それがバンドだ」というくだり。ビートルズと重ね合わせて勝手に共感してしまった。ロックバンドを組んだことのある人なら、この映画をより楽しめるのかもしれない。
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by kanai_77 | 2006-01-22 03:08 | サ行  

ソウ saw ★★☆

ある朝、見知らぬ場所で目を覚ました主人公たちが、死のゲームに参加させられ、次々と命を落としていく……という設定は、映画「キューブ」のそれにそっくりだが、世界をSFではなくリアルな生活の中に持ってきている分、恐怖感や身につまされ度(こんな犯罪のターゲットにされた日にはたまったもんじゃないよなあ感)がUPしているのかもしれない
「自殺未遂」や「浮気」を理由に、「命を大切にしていない」と判断されたターゲットたちは、「死を免れる為には、自分の目ん玉の中に埋め込まれた鍵をナイフでえぐり出すしかない」とか、「家族を守る為には、自分の足をノコギリで切り落とさなければならない」といった“究極の選択”といゲームに参加させられ、結局は命を落としていく。彼らはみな、死の前にある“痛み”や、その先に見える“不幸”に躊躇してしまい、最も大切なはずの“命”を失うのだ。「命を大切にしていないこと」がターゲット選択の理由ならば、犯人の目的は「命の大切さを思い知らせること」であるはず。しかし、その目的はけして果たされる事はなく、反対に、「“人は死ぬ気になれば何でも出来る”という言葉がウソだということ」を証明していくのだ。ならば末期ガンに犯された犯人にとって、「命を大切にする」ということはいったいどういうことなのか?おそらくそれは本人にもわかっていないのだろう。だからこそ、生きているものを使って実験を繰り返しているのかもしれない。
“生きているものを使う”といえば、死のゲームに参加させたターゲットを使って、他のゲームを間接的に操作していたというオチについては、「重い病気のはずなのにどうして連続殺人ができたの?」というツッコミに対応する苦肉の策でもあるのかもしれないが、これについては賛否両論がありそうだ。
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by kanai_77 | 2006-01-02 13:05 | サ行